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短歌と俳句(孫)

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 もう一度釣りに行こうと言う孫によしと答えてリールを見せる

 泳ぎ子の雫のまゝにカレー食ぶ


【写真】鮎掛け 37.11.17
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■小谷さんの孫

 小谷さんは、昭和21年の南海大地震で「長男」を亡くしています。北海道に嫁いだ娘さんには、孫・曽孫がいますが、レストランを継いだ次男には、二人の孫がいました。
 
 二人の孫がいました・・・というのは、孫娘は、宝塚で活躍していますが、医大生だった孫息子には、長男と同じように、先立たれたからです。孫が病床にあったときの歌です。

 歌集「薮柑子」の<別れなりけり>の鎮護歌のなかにあります。小谷さんは「鎮護歌は淋しい。いくら良い歌でも、歌としてはいかがなものか・・・」と語っていました。
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by odani100s | 2006-05-25 06:06 | 短歌と俳句

ふるさと(火振り漁)

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 火振り漁の鮎追いつめるかがり火に

     櫓を押す夫と網をたぐる妻


【写真】四万十川鮎の火振漁・杉内正(「歌集:薮柑子」より)


■四万十夫婦のバランス

 火振り漁をしているのは、四万十夫婦「太郎と花子」さんではないが、四万十川で川舟漁をするには、「太郎と花子」さんのように、夫婦の絶妙のバランスがいる。

 櫓を押す夫、網をたぐる妻、絶妙の駆け合い、というところか。強くも弱くもなく、ゆるくもきつくもない、そういう手元の力かげん。「押す引くの妙」と言ったらいいのだろうか。

 短歌の世界でも、それが人を引きつける。そのバランスが小谷さんの「味」となっている。
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by odani100s | 2006-05-18 07:22 | ふるさと

ふるさと(小京都)

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  小京都と言われて古りしこの街の

     道ゆく昼をこおろぎの鳴く


【写真】左岡の山より土佐中村・小京都の街を望む 37.11
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■小京都 (四万十川新聞【日曜版】より)

 四万十市中村は「小京都」と呼ばれる街である!

 「碁盤の目の街路」と「地名」にその名残があるが、多くの建物は「南海大震災」で破壊され、少し淋しい。しかし、「お公家さん」が造った街、と言う「血統書」が誇りである!

 地名としては「鴨川」「小姓町」「右山」「左岡」「一条通り」「祇園さん」と並んで「東山」が京都を連想させる・・・[more]

◆小京都と閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)の【四万十川百人一首
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by odani100s | 2006-05-11 05:28 | ふるさと

四万十川新聞(「小谷貞広」…のなぜ?!)その6

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  若い頃原節子に似ていると

   言われたと言う妻のその顔


【写真】中村高校運動会 32.10
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より

(時代考証:うしろの太陽族を気取っている愚連隊は「太郎&花子」ではない。この時<昭和32年>太郎は中学生、花子は幼稚園児である。)


■美人妻

 女房、花子といいますが、美人じゃ・・と思います。うちの女房は吉永小百合より美しいと言われております。

 女房が美人であるという意味は、ホントは美人の必要はないんですけれども・・・、要するに、家庭が円満で、家庭がしっかりして、夫を自由に送り出してくれる、あたたかい家庭がある、ということじゃないかと思います。

(四万十太郎:「雫石川流域環境を考えるセミナーでの自己紹介」より)

花子(四万十川新聞【日曜版】より)

かみさんの歌(菅井きん)

セピア色した写真
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by odani100s | 2006-05-04 05:58 | 四万十川新聞