小谷のおんちゃん逝く・・・(四万十川新聞)

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    老いぬれば老いてしりたる寂しさの 

         庭の桜の散りゆく朝(あした)


【写真】庭の桜(蜩亭:2008.4.11・四万十川新聞社提供)

 暖かい南風が吹いて桜花は散り、葉桜となっていましたが、蜩亭の門前の桜は、春を忘れていませんでした。庵主小谷貞広氏が、この2月に、ご逝去したことを知ってか、知らずしてか・・・(山藤花)

◆小谷貞広氏の【四万・十人一首

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■小谷のおんちゃん逝く・・・

 「小谷のおんちゃん」と太郎は気安く呼ぶが…本当は凄い人である!

 青年時代は「教師」…結婚して「事業家」に転身…趣味は「写真・俳句・短歌」で、特に「短歌」では…「宮中の歌会始」にまで選ばれた偉人である!

 その「おんちゃん」が逝った!
 本人のご希望で「密葬」だったので…知らなかった人は多い!

◆おんちゃんの生前の歌・・・

 生まれくるのもひとりなり死ぬときもひとりなりけりひとりはさぶし

 葬式のどこまでつづく自転車を止めて過ぎゆくまでを見送る

「四万十川はのんびりのんびり♪」

 戸を開けておけば蜻蛉も蝶々も部屋ひと廻りして出てゆきぬ
 寝ころびて今年も音を聞くだけの四万十川のこの大花火
 隣家(となりや)の緋鯉真鯉が風に吹かれわが家の上で泳いでおりぬ

◆写真・・・
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 【写真】おんちゃんが若い頃撮った写真である!

               (四万十太郎/「四万十川新聞」より)

◆四万十太郎氏の【四万十川百人一首
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# by odani100s | 2008-06-23 04:09 | 四万十川新聞

四万十川の文化人 小谷貞広

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[プロフィール]

 大正7年9月15日
 高知県佐川町生まれ。

 高知師範学校専攻科を卒業後、教職の道へ。四万十川流域の山村の小学校で教鞭をとる。

 その後、中村市で料亭、レストランを経営する実業家に転進。(有)レストランおだに会長(厚生大臣賞、歌会始入選)

 現在は、四万十氏市安並の蜩亭で、かみさんと二人で悠悠自適の生活。歌会始めへの投稿は欠かさず、3年毎の誕生日には歌集を出版している。第6歌集(小谷貞広・百首選)の発行は平成18年9月15日の予定だったが、未発行、『四万十川百人一首』に置き換わったということか。

a0050405_66338.jpg 毎年、四万十市で開催されている「四万十川短歌俳句川柳大会」の発足にあたっては、幡多信用金庫の前理事長、小橋延夫氏とともに尽力、今日まで、毎年世話役を続けている。平成19年で「四万十川短歌大会」は、16回目。

 歌集は『青き流れ』『霧の朝』『蜩亭』『藪柑子』、平成15年9月15日に第5歌集『うたかた』を出版。写真集は『ゆく河の流れ』(1980)


  見せるもの何もなければ四万十の青き流れの川見てもらう

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[四万十川歌碑除幕式]

■歌碑


  振り込むは吉の兆しといはれたり除幕の式を叩く土砂降り


除幕式&吟行詠(12.9.30)

◆ブログ:四万十川の文化人 小谷貞広

◆小谷貞広氏の【四万十川百人一首

◆小谷貞広氏の【四万十川秀歌百選
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# by odani100s | 2007-10-03 05:42 | 蜩亭

かみさんの歌(愛妻家、恐妻家?)

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  かみさんの命大事にしてやらねば

      もう後妻ものぞめぬ齢


■かみさん

 小谷さんは愛妻家、恐妻家、どちらでしょうか?と問われれば、おそらくどちらも当たっていると思います。

 小谷さんは歌集を5編、出しています。(「青き流れ」「霧の朝」「蜩亭」「藪柑子」「うたかた」)

 どの歌集にも、小谷家の大蔵大臣(今は財務大臣といいますが・・)の関係からでしょうか「かみさん」を詠った歌を、ふんだんに載せています。


わが家の推古天皇古希過ぎてそれよりますます偉くなりたり
両の手に供物を提げしかみさんが足にて襖開けて入るくる
太きボールに食器を入れて洗いおり音にて今日の機嫌のわかる

墓はどう戒名はどうと死んだ後のことまで妻はもうしておりぬ

掃除して洗濯をして食事のかまえこれが内助の功ではないか
あなたひとりで何が出来るというのですか内助の功があればこそなり

妻を詠みし歌のかずかず言わるるに何時もお世話になりますれば


妻を詠みし歌のかずかず・・・


         「四万十川の文化人 小谷貞広」 終わり

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 平成17年10月に、ブログ:『四万十川の文化人 小谷貞広』を立ち上げてから、丁度2年が経過しました。

一応、今回の「かみさんの歌」をもって、『四万十川の文化人 小谷貞広』を、終了させていただきます。

 次回から、このブログには澤石扶実子氏、宮本永子氏の『小谷貞広歌集・評』、及び小谷貞広氏の『南海地震体験記』を掲載します。

 四万十川の畔、四万十市中村安並の蜩亭に、お住まいする四万十川の文化人 小谷貞広さんは、まだまだ元気に歌を作り続けていますので、いずれ『四万十川の文化人 小谷貞広』パート2、が出来るかとは思いますが・・・、それでは、それまで皆さん、お達者で!(山藤花)

四万十川の文化人「小谷貞広」 (四万十川博物館版)
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# by odani100s | 2007-10-02 07:07 | かみさんの歌

短歌と俳句(リフト)

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梅雨の日の山のなだりにしょぼぬれてリフトは動く気配も見せぬ

これよりは雪のリフトに身をまかせ


【写真】雪の朝<後川仮橋> 35.12.31
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■小春日和の「蜩亭」・その5

 また、お二人は何処のリフトのことを思いだしたのでしょうか。小谷さんは相変わらず、リフトがしょぼぬれて動かぬと調子の悪いことを訴えていますが,奥さんはプラス思考とみえます。「これよりは、身をまかせて、ケセラセラ・・・」という感じが伝わってきますが、如何なものでしょうか?
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# by odani100s | 2007-09-02 05:54 | 短歌と俳句

短歌と俳句(雲)

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自律神経又も不調かどんよりと雲のかかった毎日である

花野来て雲の去来を見ていたり


【写真】四万十川鉄橋 30.6
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■小春日和の「蜩亭」・その4

 雲といえば、小谷さんは毎日がどんよりと雲のかかった調子といいますが、奥さんは外に出て、雲の去来を楽しんでいます。同じ雲を見ても,こうも違うものなのでしょうか?
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# by odani100s | 2007-08-02 21:32 | 短歌と俳句

短歌と俳句(飛行機雲)

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  ひこうき雲ま直ぐに伸びし秋天に鳶が画く輪のとどかぬ高さ

  初凪やどこまで続く飛行機雲


【写真】不破八幡宮大祭 50.10
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■小春日和の「蜩亭」・その3

 庭から見上げる青空には、飛行機雲が、四万十川の方角に伸びています。その四万十川にはトビとカラスが舞っているようです。
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# by odani100s | 2007-07-22 07:45 | 短歌と俳句

短歌と俳句(寒椿)

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  鹿児島の徳利焼酎もらいたり底ふり飲みて寒椿さす

  代々を住み継ぎ蹉詫の椿垣


【写真】中村愛育園餅搗き 38.3.1
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■小春日和の「蜩亭」・その2

 奥さんは、生きてきた時代のことを考えていますが、隣の小谷さんは貰った鹿児島の焼酎の残り具合が気になっています。
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# by odani100s | 2007-05-02 07:31 | 短歌と俳句

短歌と俳句(老いの二人)

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 もらいたる薬たがいに見せ合いて老いの二人が日向に座る

 しばらくは口に遊ばせさくらんぼ


【写真】清掃車
    小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■小春日和の「蜩亭」・その1

 蜩亭の生垣は椿が植えられています。縁側の日向で、小谷さんご夫婦はお互いの薬を見せあいながら、生垣の寒椿を見ています。

 そんな時、宅配便で山形にいる友人から、さくらんぼが届きました。
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# by odani100s | 2007-04-13 08:47 | 短歌と俳句

ふるさと(四万十川の歌碑)

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  歌碑建てて下さるというありがたし

    死んでからでは見られぬものを


【写真】「学童の渡し」の歌碑


■四万十川の歌碑

 平成9年に、中村市入田のさくら堤公園に、小谷貞広氏の歌会始に入選した「学童の渡し」の歌碑が建てられました。死んでからは見られない、という歌碑です。

霧深し児らの姿をたしかめて朝の渡しのともづなを解く

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 また、平成12年9月に、四万十市(当時は中村市)川登の四万十川畔に、小谷さんの歌の師でもある大滝貞一氏の歌碑が建立されました。

  みずおくにすばやくはしる魚の背を透かせて四万十は澄みわたりたる

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 さらに、小谷さんの四万十川での歌友ともいうべき、小橋延夫氏の歌碑が、四万十川の河口近くの丘に立てられています。

  千里かけて四万十河口に戻りたる白子鰻を漁り火が待つ
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# by odani100s | 2007-03-29 21:44 | ふるさと

小谷貞広・一人百首

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  面わかぬまでに痩せたる野仏に

    もらいし柿の一つを供う


【写真】幸徳秋水50年祭 35.1.24
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より

 葬式に列した。氏の一生、人間の一生というものを、つくづくと考えさせられた。一周忌。真新しい墓に酒を注ぎ、かむっていた帽子を墓石にのせて拝む。南無阿弥陀仏・・・。人間、死んでしまったらおしまいだ。野仏に柿を供える。

  みんないっしょに柿をもぎつつ柿をたべつつ (山頭火)

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[山頭火の独り言]

■柿

 前も柿、後も柿、右も柿、左も柿である。

 柿の季節、其中庵風景はその豪華版を展開する。柿の若葉はうつくしい。青葉もうつくしい。秋深こうなって、色づいて、そしてひらりひらりと落ち葉もまたうつくしい。

 すべて葉を落とし尽くして、冬空たかく立っている梢には、、なすべきことをなしおへた、落ちつきがあるではないか。

 柿は日本固有の、日本独特のものと聞いた。柿に日本の味があるのは、あたりまえすぎる、あたりまへであろう。(山頭火)

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# by odani100s | 2007-03-23 05:41 | 小谷貞広・一人百首

ふるさと(花遍路)

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芒野を風に吹かれて杖をさげて

   遍路ゆくなり・あれ山頭火


【写真】地方廻りのえびすさん・四万十川鉄橋にて 36.12
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■鈴をふる

 遍路の旅をつづける。隣の遍路が家の軒の前に立ち止まって、しきりに鈴をふる。顔はよく見えないが、鈴をふる手に力がない。老女の遍路である。老いたその肉体に衰えが見てとれる。

老遍路は、人生を旅とし、旅の中で年老いてしまったのであろう。死ねない手で、一心に鈴をふる。わたしも、いつまで旅をし、遍路をつづけるのだろうか。老婆が早いか、こちらが早いか。死はすぐそばまできている。 

   死ねない手がふる鈴ふる (山頭火)

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[山頭火の独り言]

■遍路の正月

 私もどうやら思い出を反芻する老いぼれになったらしい。思い出は果てもなく続く。昔の旅のお正月の話のひとつ。

 私はとぼとぼ、伊予路を歩いていた。師走の街を通りぬけて、場末の安宿に頭陀袋をおろした。同宿は老爺遍路。すっかりお正月の仕度。いかにも遍路らしい飾りつけが出来ていた。

 正面には弘法大師の掛軸、その前にお納経の帳面、御燈明、線香、念珠、すべてが型の通りであったが、驚いたことには、右に大形の五十銭銀貨が十枚ばかり並べてあり、左に護摩水の一升瓶が置いてあった!

 私は一隅に陣取ったが、さて飾るべき何物も持っていない。破れ法衣を掛け、網代笠をさげ、柱杖を立て、頭陀袋をおいて、その前に座ってぼんやりしているより外はなかった。

 そこで新年を迎えた。ありがたくも私の狐寒は、その老遍路さんの酒と餅と温情とによって慰められ、寛ろげられた。(山頭火)

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[山頭火と四万十川] 四万十川新聞【日曜版】最終版より

 山行水行

 山あれば山を観る
 雨の日は雨を聞く
 春夏秋冬
 あしたもよろし
 ゆうべもよろし

 これは、山頭火の「四万十川の詩」ではありません。山頭火は四国遍路の旅で、一度は四万十川を訪れているはずですが、その紀行、俳句を記してあるべき日記を焼き捨てたため、四万十川と山頭火を結びつけるものが、全くありません。

 山頭火が四万十川のほとりを逍遙すれば、恐らく、このような詩心・歌心であったものと思われます。

  『焼き捨てて日記の灰のこれだけか』(山頭火)


寒い朝

f0000771_865157.jpg 北風吹きぬく 寒い朝も
 心ひとつで 暖かくなる
 清らかに咲いた 可憐な花子を
 緑の髪にかざして 今日も ああ
 北風の中に 聞こうよ春を
 北風の中に 聞こうよ春を・・・


  『うしろすがたのしぐれてゆくか』(山頭火)

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         四万十川新聞【日曜版】 終わり・・・


  『削除してITメディアのこれだけか』(山藤花)
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# by odani100s | 2007-03-15 13:49 | ふるさと

ふるさと(四万十川の橋・2)

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    護岸には石積み重ね草萌えて

      川は昔のままに流れる


【写真】川登り沈下橋落成 32.2.25
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■沈下橋

拝啓、皆さん、私は沈下橋です。何十年もぐっと踏ん張って耐えてきました。四万十川には沢山あった私の仲間も、最近ではその数をどんどん減しています。仲間が減るということは寂しく悲しいことです。

 私たちは今まで四万十川と地域の人々と一緒になって暮してきました。そこには、計り知れない生活と歴史があったのです。今思い起こしてみるに、私の仲間が取り壊されるようになった時期と、四万十川の水の汚れがひどくなりはじめたのが一致するような気もします。

 できることならこの四万十川と共に、私たちも一緒にそのまま残しておいて欲しいのです。汚れたとはいえ、まだまだ大丈夫です。四万十川の綺麗な流れを保つために、私たちを利用し、役立てて欲しいのです。よろしくお願いします。(山川海幸雨)
 
◆沈下橋の【四万十川百人一首】(橋詰寿男氏)
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# by odani100s | 2007-03-09 06:55 | ふるさと

ふるさと(四万十川の橋)



    ひとり来て橋の上より石投げて

       十六夜の月打ち砕きたり

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【写真】後川仮橋 35.12
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■沈下橋よ永遠なれ

 ナガレニジットタエテキタノダ
 橋トシテノコシテイケナイナラ
 オラヲ岩ニシテクレ
 カワノナガレニモ
 四万十ノケシキニモサカラワズ
 マッスグニイキテキタ
 沈下橋ガダメナラバ
 オラヲ岩トヨンデクレ

          (武吉孝夫)

◆「四万十川の橋」の【四万十川百人一首】(中平松鶴氏)
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# by odani100s | 2007-03-01 05:57 | ふるさと

小谷貞広・一人百首

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  これ程までに忘れの多きこの頃の

    あるいはアリツハイマー病か


【写真】月<国吉佐和意さん>中村市天神橋 35.6
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■すぐ忘れる・・・

 歌は理屈ではないと言われる。その通りで一読すれば、すうっと頭に入ってくる歌、それに詩である以上リズムも大切だ。また、読んでいて意味不明というか、難解な言葉のあるのも困る。この歌なんぞは、読んだそのままで、何の解説もいらない。しかし、すぐ忘れる。(貞広)
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# by odani100s | 2007-02-22 07:30 | 小谷貞広・一人百首

小谷貞広・一人百首

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    うつむて妻が書く清少納言が

      使い古るしたような文机


【写真】真夏の昼下り<南桜町にて> 33.9.21
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■今日のひと日

 私事だが、私にとっての幸いといえば、妻と小さな諍いをしながらも、どうにか今のところ、これという病気もせずに二人が生きているという、ただそれだけのことかもしれない。

 それも今の世の中で、明日から先はどうなることやら、まあ、そんな先のことは考えないようにして、昨日の前の遠い過去のことも忘れ、せめて今日のひと日を、下手な歌でも作りながら、日暮れを待つことにしよう。(蜩亭にて・小谷貞広)
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# by odani100s | 2007-02-15 06:03 | 小谷貞広・一人百首

小谷貞広・一人百首

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    いく春をかけてなきし牛の舌も

     ぬかれては「タン」となりて売らるる


【写真】雪の朝<中村市ついぢ> 33.1
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■歌は人を表す

 歌に傲慢さやたくらみなどは微塵もない。根は優しくはにかみ屋で内向的な面を軽いウエットやペーソスに包み込んで表現する。歌は人を表すものだ。小谷貞広氏の歌には、氏の全性格が真正直に表れている。(大滝貞一)
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# by odani100s | 2007-02-08 19:07 | 小谷貞広・一人百首

ふるさと(後川橋)

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    市とはいうも昔の村の集まりで

      住所にはみな字がつきます


【写真】後川橋落成 38.4.2
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■四万十市大字安並字エヒタノ奥

 土佐の小京都と言われる中村の天神橋商店街から、老いの二人が、後川橋を渡り・・・都落ちではないが、安並の俗称「蜩亭」という山峡の一軒家に引っ越して来た。

 市役所の住所録には、中村市(現四万十市)大字安並字エヒタノ奥とある。郵便も最終配達区か、4時過ぎか5時頃となる。

 30坪程の庭があり、四季おりおりの花は咲くし、何時も小鳥が来て遊ぶ。老いの住家としては申し分のないように思われるが、中々齢には勝てず体力も気力も衰える一方。

 せめて、30数余年つづけてきた短歌だけはと思うものの、出来るのは大方人生無情の老いの歌か、身近にただ一人いる老妻の歌か。

『ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮ぶ、うたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある、人と栖とまたかくのごとし。』(第5歌集「うたかた」より)
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# by odani100s | 2007-02-01 06:06 | ふるさと

小谷貞広・一人百首

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    七世紀末のトイレを掘りあてて

        糞を調べている考古学


【写真】台風一過(海辺で林業?)<入野の浜にて> 38.8.14
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■益荒男歌

 人はこの飄々たる、剛直なる益荒男歌に笑いを誘われ、思わずもみずからの言動や思惑をキッパリと代弁して貰ったような、爽快な気分になる。歌に対する解釈など全く不要だ。(大滝貞一)
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# by odani100s | 2007-01-25 06:15 | 小谷貞広・一人百首

小谷貞広・一人百首

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    暁を目覚めておればわが庭に

      隣家の青柿落ちし音する


【写真】寒鯔とり<中村市竹島> 34.12.13
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■青柿落ちし・・・

 批判めいたことはもう言わない。生活の哀歓が歌われているのだから・・・。
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# by odani100s | 2007-01-18 04:51 | 小谷貞広・一人百首

小谷貞広・一人百首

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    わが居間は四畳半にて酒を酌み

      歌を詠みては食事もすなり


【写真】雪の日の郵便さん<中村市西下町にて> 33.3.12
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■客観性

 自分のことでありながら、こともなげに映画のワンシーンを見るように、歌にしてしまう客観性・・・この客観性が小谷さんの歌への姿勢をあらわしているようだ。(沖ななも)
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# by odani100s | 2007-01-11 06:19 | 小谷貞広・一人百首

謹賀新年

    平成19年 元旦

         小谷貞広


■四万十川

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    行く河の流れのごときわれの代も

        あと海に出るまでのいっ時


【写真】雪の朝<四万十川鉄橋>30.2 
     (小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より)

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[愛唱歌]

川の流れのように

 知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道
 振り返れば 遥か遠く 故郷(ふるさと)が見える
 でこぼこ道や 曲がりくねった道
 地図さえない それもまた人生
  
 ああ 川の流れのように ゆるやかに
 いくつも 時代は過ぎて
 ああ 川の流れのように とめどなく
 空が黄昏(たそがれ)に 染まるだけ

 生きることは 旅すること 終わりのない この道
 愛する人 そばに連れて 夢 探しながら
 雨に降られて ぬかるんだ道でも
 いつかは また 晴れる日が来るから
  
 ああ 川の流れのように おだやかに
 この身を まかせていたい
 ああ 川の流れのように 移りゆく
 季節 雪どけを待ちながら

 ああ 川の流れのように おだやかに
 この身を まかせていたい
 ああ 川の流れのように いつまでも
 青いせせらぎを 聞きながら
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# by odani100s | 2007-01-04 06:33 | 小谷貞広・一人百首

小谷貞広・一人百首

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  内視鏡下より入れて飲食の

   菅の終りを映されている


【写真】四万十川鉄橋下 37.7
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■ただごと歌

 叙景を歌うのは一見やさしく見えて案外むずかしいものだ。ただ見たままを歌にすれば、ああそうですかといわれ平凡な「ただごと歌」になってしまう。(小谷貞広)
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# by odani100s | 2006-12-28 06:00 | 小谷貞広・一人百首

かみさんの歌(美人薄命)

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    美人薄命ということばありわが妻は

        八十路の坂をてくてく登る


【写真】焚火 33.12
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■老妻の歌

 せめて、30余年つづけてきた短歌だけはと思うものの、出きるのは、大方人生無情の老いの歌か、身近にただ一人いる老妻の歌か・・・。
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# by odani100s | 2006-12-21 06:26 | かみさんの歌

小谷貞広・一人百首

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    飯 風呂 寝る

      そんな齢になってしもうた


【写真】後川仮橋 35.12
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■生涯を貫くもの・・・

 この人は生きぬく力をしっかりと持っている。歌はいまも、これからも生涯を貫くものとして、この人にとって、かけがいのないものとなっていく・・・。
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# by odani100s | 2006-12-14 05:24 | 小谷貞広・一人百首

小谷貞広・一人百首

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    小学校の運動会に手をつなぎし

     同期の彼女も八十路を越しぬ


【写真】中村小学校運動会 31.12.11
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■読みやすく・・・

 歌は比較的に階調である。それだけ読みやすく、人の心を刺すようなものはない。沈思黙考型ではなく、どちらかといえば行動派、実行派、といってよいであろうか。(加藤克巳)

(校庭の大きな木は「せんだんの木」です。今は、もうありません。)

せんだん物語
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# by odani100s | 2006-12-07 05:39 | 小谷貞広・一人百首

小谷貞広・一人百首

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    もの言いしことさえもなき候補者が

      笑まいつつ吾に手を差しのべる


【写真】選挙開票特報を見入る人々 40.4
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■選挙とは・・・

 小谷のおんちゃんは、政治家ではなかったのですが、前知事の中内さんとは「友達」だったとのこと。中内前知事が中村(現四万十市)へ来た時には、必ず「又、世話になるぜよ」と言って、蜩亭に泊まり、美味しい酒を酌み交わしたそうです。

中内前知事


 政治家が「友達」だったせいでもないでしょうが、小谷さんは選挙が好きだったと見え、選挙の歌は数多く見られます。もっとも、そのほとんどが、巷の選挙風景を詠んだもので、選挙合戦を揶揄した歌が多いのですが・・・。


選挙とはマイクに何か叫びつつ車に白い手をふることか

ベニヤ板に並べて貼らるる候補者のどれもが笑まいておりぬ

山峡に車を止めて候補者がダム反対をくりかえし言う

関が原の戦のような旗を立て候補者が車に雄叫びてゆく

今日もまた選挙の人が訪ね来てたのむと言うによしと答えぬ

選挙速報
 
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# by odani100s | 2006-11-30 07:06 | 小谷貞広・一人百首

小谷貞広・一人百首

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    坂本龍馬にどこかが少し似ていると

        言われ鏡の顔見ておりぬ


【写真】後川橋渡り初め 38.4.2
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■坂本龍馬

 土佐の人たちは、坂本龍馬憧憬にあるごとく聞いた。小谷貞広像には、若干、似かよったところがあるのかもしれないが、いささか異なるタイプであるように思うのであるが・・・。(加藤克巳)

竜馬が四万十川にゆく
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# by odani100s | 2006-11-23 06:31 | 小谷貞広・一人百首

ふるさと(大相撲四万十川場所・5)

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    関取が髷を落して髪別けて

      もとの若者の顔にもどりぬ


【写真】9号台風、鉄橋から見た百笑 38.810
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■昭和38年のこと・・・(2)

 「大相撲四万十川場所」が行われたのは昭和38年10月のこと。その年の8月には、台風9号による豪雨で、四万十川が氾濫。中村の市街地は未曾有の被害を受けた。

 現在、山藤花氏が居寓する百笑も、完全に水没している。【写真】
 
 被害から2ヶ月後の、まだ復旧もままならない中での「大相撲四万十川場所」。今は、もう髷を落して髪を別けているであろう大鵬、柏戸など、昭和30年代の、花も実もある有名な関取の登場に、小谷のおんちゃんをはじめ中村市民は、さぞや元気づけられたことと思う。
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# by odani100s | 2006-11-16 05:57 | ふるさと

ふるさと(大相撲四万十川場所・4)

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  日本の国技といわるる相撲までもが

      覇者は肌黒き外っ国の人


【写真】中学校相撲大会<下田の浜>
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■日本の国技

 小谷のおんちゃんは若かりし頃、腕力も強く、体格も良く、中学時代は相撲で鳴らしたそうです。まだ、相撲が国技といわれていた、よき時代です。

 当時の中村市の中学相撲大会は四万十川の河口下田の浜で行なわれていたそうです。土俵を取り囲む、観客の多さに驚かされます。昭和38年の大相撲四万十川場所が、大盛況だった事が、この写真からもうかがわれます。

 朝青龍、白鵬、琴欧州、黒海・・・など外っ国勢が、再び四万十川にやってきて、「大相撲四万十川場所」が行なわれたら、小谷のおんちゃんは、「日本の国技」を見に行くのでしょうか?
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# by odani100s | 2006-11-09 05:16 | ふるさと

ふるさと(大相撲四万十川場所・3)

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  秋場所のテレビカメラは時々に

     見目よき桟敷の女を映す


【写真】力士街を行く<中村市本町> 38.12.24
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より

■テレビ桟敷

 写真は、取組を終えた力士らが市街地を闊歩し、その後を観衆がずらりと追っている光景をとらえている。小谷のおんちゃんが振り返る。

『右端が大鵬。暑い時期じゃなかったのに、力士は浴衣一枚でしかもはだしやった。』

 現在はテレビ桟敷で大相撲を楽しむ小谷さんだが、当時はあまり相撲に関心がなかったという。

『大鵬を見ても、それほどうれしいとは思わんかった。けんど、今思えば貴重な資料になった・・・』

 当時、小谷のおんちゃんは、近くで食堂を経営。

『町に出ていた人は多かったけど、食堂の客はいつも通り。もうちょっと、うちも賑わったてくれたら良かったね・・・』

 と、ちょっぴり、ほろ苦い思い出もあるようだ。(井上智仁)
<高知新聞「わが町の100年・20世紀ワンショット」より)>
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# by odani100s | 2006-11-02 18:32 | ふるさと




「蜩亭」の庵主、小谷貞広氏の写真と短歌です。
by odani100s
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