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ふるさと(四万十川の歌碑)

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  歌碑建てて下さるというありがたし

    死んでからでは見られぬものを


【写真】「学童の渡し」の歌碑


■四万十川の歌碑

 平成9年に、中村市入田のさくら堤公園に、小谷貞広氏の歌会始に入選した「学童の渡し」の歌碑が建てられました。死んでからは見られない、という歌碑です。

霧深し児らの姿をたしかめて朝の渡しのともづなを解く

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 また、平成12年9月に、四万十市(当時は中村市)川登の四万十川畔に、小谷さんの歌の師でもある大滝貞一氏の歌碑が建立されました。

  みずおくにすばやくはしる魚の背を透かせて四万十は澄みわたりたる

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 さらに、小谷さんの四万十川での歌友ともいうべき、小橋延夫氏の歌碑が、四万十川の河口近くの丘に立てられています。

  千里かけて四万十河口に戻りたる白子鰻を漁り火が待つ
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by odani100s | 2007-03-29 21:44 | ふるさと

小谷貞広・一人百首

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  面わかぬまでに痩せたる野仏に

    もらいし柿の一つを供う


【写真】幸徳秋水50年祭 35.1.24
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より

 葬式に列した。氏の一生、人間の一生というものを、つくづくと考えさせられた。一周忌。真新しい墓に酒を注ぎ、かむっていた帽子を墓石にのせて拝む。南無阿弥陀仏・・・。人間、死んでしまったらおしまいだ。野仏に柿を供える。

  みんないっしょに柿をもぎつつ柿をたべつつ (山頭火)

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[山頭火の独り言]

■柿

 前も柿、後も柿、右も柿、左も柿である。

 柿の季節、其中庵風景はその豪華版を展開する。柿の若葉はうつくしい。青葉もうつくしい。秋深こうなって、色づいて、そしてひらりひらりと落ち葉もまたうつくしい。

 すべて葉を落とし尽くして、冬空たかく立っている梢には、、なすべきことをなしおへた、落ちつきがあるではないか。

 柿は日本固有の、日本独特のものと聞いた。柿に日本の味があるのは、あたりまえすぎる、あたりまへであろう。(山頭火)

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by odani100s | 2007-03-23 05:41 | 小谷貞広・一人百首

ふるさと(花遍路)

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芒野を風に吹かれて杖をさげて

   遍路ゆくなり・あれ山頭火


【写真】地方廻りのえびすさん・四万十川鉄橋にて 36.12
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■鈴をふる

 遍路の旅をつづける。隣の遍路が家の軒の前に立ち止まって、しきりに鈴をふる。顔はよく見えないが、鈴をふる手に力がない。老女の遍路である。老いたその肉体に衰えが見てとれる。

老遍路は、人生を旅とし、旅の中で年老いてしまったのであろう。死ねない手で、一心に鈴をふる。わたしも、いつまで旅をし、遍路をつづけるのだろうか。老婆が早いか、こちらが早いか。死はすぐそばまできている。 

   死ねない手がふる鈴ふる (山頭火)

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[山頭火の独り言]

■遍路の正月

 私もどうやら思い出を反芻する老いぼれになったらしい。思い出は果てもなく続く。昔の旅のお正月の話のひとつ。

 私はとぼとぼ、伊予路を歩いていた。師走の街を通りぬけて、場末の安宿に頭陀袋をおろした。同宿は老爺遍路。すっかりお正月の仕度。いかにも遍路らしい飾りつけが出来ていた。

 正面には弘法大師の掛軸、その前にお納経の帳面、御燈明、線香、念珠、すべてが型の通りであったが、驚いたことには、右に大形の五十銭銀貨が十枚ばかり並べてあり、左に護摩水の一升瓶が置いてあった!

 私は一隅に陣取ったが、さて飾るべき何物も持っていない。破れ法衣を掛け、網代笠をさげ、柱杖を立て、頭陀袋をおいて、その前に座ってぼんやりしているより外はなかった。

 そこで新年を迎えた。ありがたくも私の狐寒は、その老遍路さんの酒と餅と温情とによって慰められ、寛ろげられた。(山頭火)

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[山頭火と四万十川] 四万十川新聞【日曜版】最終版より

 山行水行

 山あれば山を観る
 雨の日は雨を聞く
 春夏秋冬
 あしたもよろし
 ゆうべもよろし

 これは、山頭火の「四万十川の詩」ではありません。山頭火は四国遍路の旅で、一度は四万十川を訪れているはずですが、その紀行、俳句を記してあるべき日記を焼き捨てたため、四万十川と山頭火を結びつけるものが、全くありません。

 山頭火が四万十川のほとりを逍遙すれば、恐らく、このような詩心・歌心であったものと思われます。

  『焼き捨てて日記の灰のこれだけか』(山頭火)


寒い朝

f0000771_865157.jpg 北風吹きぬく 寒い朝も
 心ひとつで 暖かくなる
 清らかに咲いた 可憐な花子を
 緑の髪にかざして 今日も ああ
 北風の中に 聞こうよ春を
 北風の中に 聞こうよ春を・・・


  『うしろすがたのしぐれてゆくか』(山頭火)

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         四万十川新聞【日曜版】 終わり・・・


  『削除してITメディアのこれだけか』(山藤花)
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by odani100s | 2007-03-15 13:49 | ふるさと

ふるさと(四万十川の橋・2)

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    護岸には石積み重ね草萌えて

      川は昔のままに流れる


【写真】川登り沈下橋落成 32.2.25
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■沈下橋

拝啓、皆さん、私は沈下橋です。何十年もぐっと踏ん張って耐えてきました。四万十川には沢山あった私の仲間も、最近ではその数をどんどん減しています。仲間が減るということは寂しく悲しいことです。

 私たちは今まで四万十川と地域の人々と一緒になって暮してきました。そこには、計り知れない生活と歴史があったのです。今思い起こしてみるに、私の仲間が取り壊されるようになった時期と、四万十川の水の汚れがひどくなりはじめたのが一致するような気もします。

 できることならこの四万十川と共に、私たちも一緒にそのまま残しておいて欲しいのです。汚れたとはいえ、まだまだ大丈夫です。四万十川の綺麗な流れを保つために、私たちを利用し、役立てて欲しいのです。よろしくお願いします。(山川海幸雨)
 
◆沈下橋の【四万十川百人一首】(橋詰寿男氏)
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by odani100s | 2007-03-09 06:55 | ふるさと

ふるさと(四万十川の橋)



    ひとり来て橋の上より石投げて

       十六夜の月打ち砕きたり

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【写真】後川仮橋 35.12
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■沈下橋よ永遠なれ

 ナガレニジットタエテキタノダ
 橋トシテノコシテイケナイナラ
 オラヲ岩ニシテクレ
 カワノナガレニモ
 四万十ノケシキニモサカラワズ
 マッスグニイキテキタ
 沈下橋ガダメナラバ
 オラヲ岩トヨンデクレ

          (武吉孝夫)

◆「四万十川の橋」の【四万十川百人一首】(中平松鶴氏)
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by odani100s | 2007-03-01 05:57 | ふるさと




「蜩亭」の庵主、小谷貞広氏の写真と短歌です。
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