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四万十川新聞(「小谷貞広」…のなぜ?!)その2

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    霧深し児らの姿をたしかめて

      朝の渡しのともづなを解く


【写真】晩秋・学童の渡し(写真:岡村龍昇氏・筆:小谷貞広氏)
 写団「四万十川」創立30周年記念写真集「自賛他賛」2006より


■学童の渡し

 俳句、写真等も楽しむが…とりわけ「短歌」が好きな様である!
 皇室の「歌会始」にも選ばれた事もあるほどの「達人」である!

「学童の渡し」の「渡し」とは・・・、
 対岸の小学校へ通う、通学用の「スクール渡し舟」のことである!
 今は「廃校」「廃船」となっているが、廃止寸前は「観光名物」でもあった!
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by odani100s | 2006-03-30 06:28 | 四万十川新聞

四万十川新聞(「小谷貞広」…のなぜ?!)その1

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    一年生と両手をつなぎて少女のような

             先生がくる分校の朝


【写真】分校の一年生 32.1.10
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■四万十川の文化人

 「小谷 貞広」・・・姓が二つ並んだようだが、これが「小谷のおんちゃん」のフルネームである!

 年齢は80をとっくに越し、今は「隠居生活」を楽しんでいるが、若い頃は四万十川上流域の分校の「教員」。のちに転進して「事業家」でもあった!また今「文化人」でもある!
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by odani100s | 2006-03-23 07:06 | 四万十川新聞

ふるさと(校歌)

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    同期というも今年は五人の集りの

        歌詞みせあいて校歌を歌う


【写真】朝の通学<安並から後川橋にくる坂の道> 35.11
           小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■中村中学校歌

 作詞 北見志保子  作曲 平井康三郎

 さざなみ清き後川 土手は花咲き胡蝶舞い
 希望の緑 色さえて げにうるわしき吾等の母校
 春秋学びよき師のおしえ 誇りは高き東の
 東山よりはるかにて かぎりも知らぬ学舎を
 たたえん歌わん 中村中学校

 紅葉はもゆる古城山 秋は虫の音すみにけり
 行く雲白き 校庭に ああ楽しさや吾等の母校
 三年の月日ひたすら学ぶ 誇りは永き四万十や
 川にさばしる鮎のごと かぎりを知らぬすがしさを
 たたえん歌わん 中村中学校
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by odani100s | 2006-03-16 06:59 | ふるさと

ふるさと(村の祭り)

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    豊作を祈るならいのわが村の

      秋の祭りも老いばかりなり


【写真】不破八幡宮大祭 50.10
        小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■限界集落

 ふるさとは、限界集落ばかり・・・。老ばかりで、秋の祭りが出来ているうちは、まだましだった。今は、節句も、祝儀も、祭りも・・・葬式すらできない。秋祭りの太鼓の音が消えて、何年になるのだろう・・・。
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by odani100s | 2006-03-09 06:21 | ふるさと

ふるさと(地引網漁)

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    風たてば瀬切りに見えし落鮎の

      深みへ急ぐ背をよせあいて


【写真】鮎の地引<中村市三里> 37.12
        小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■川なのに地引網漁

 写真の撮影場所は「海」ではない!「四万十川」である!
 四万十川では「川」なのに「地引網漁」があった!

 四万十川では…

 『竿で釣りよったら埒(らち)が明かんばぁ鮎が獲れよったけん…地引網を引きよったがよ!』『いかに楽に沢山捕るか?』…との能率主義を否定しなくてもよかった。それほどに四万十川には鮎が沢山居たのだ!

 しかし,今は「昔話」である!
 小谷氏のモノクロの写真は「40年前」のものである!
 観光地引網のカラー写真は「10年前」のものである!
 
  1983年の鮎漁獲量・・・ 1050 ton
  2004年の鮎漁獲量・・・  34 ton

 現在は、観光地引網も姿を消した!
 かくして、四万十川の「地引網漁」は、
 「四万十川の伝統漁法」に編入されてしまったのである!

 さて、復活の日は来るのか?

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【写真】観光地引網(「四万十川新聞」より)
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by odani100s | 2006-03-02 06:44 | ふるさと