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ふるさと(蜩亭)

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    蜩亭にて心休めし力さんも

     黄泉の国へと行ってしもうた

  <力(りき)さん=前高知県知事中内力氏>

    (小谷貞広・第5歌集 うたかた)

【写真】献穀田田植式 
      中内知事・西村市長他<磯の川>52.5.25  
          小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■世話になるぜよ

 前高知県知事の中内力さんも中村へ来た時は必ずといってよい程「又、世話になるぜよ」と言って、蜩亭に泊まってもらったし、歌人では加藤克巳さん、赤木健介さん、鈴鹿俊子さん達にも泊まっていただいた楽しい思い出もある。
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by odani100s | 2005-11-24 19:28 | ふるさと

かみさんの歌( こざかい・2)

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    相性をとやかく言うもせんなきこと
           残りの命かぞえる齢


    夫婦げんかもよいではないか年老いて
           独りというものは侘しきものよ


【写真】朝のおせんだく<四万十川鉄橋下>37.7  
         小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■蜩亭にて

 自嘲気味にこんな短歌も詠んでいますが、現在もお二人で、「蜩亭」に、お住まいです。
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by odani100s | 2005-11-17 05:34 | かみさんの歌

かみさんの歌(こざかい)

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    小諍しての朝餉に向かいて
      ひとりだまりて味噌汁をすする

    トースターにて妻が焼きたる食パンの
      焦げしを今朝もシコシコ落とす


【写真】鮎掛け<不破>37.11.17  
        小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■朝食

 仲の良いご夫婦ではありますが、時々は小諍(こざかい)もするようです。そんなときには、独り身になったときの予行演習でしょうか、小谷さんはひとり寂しく黙々と朝食をいただきます。和食でも、洋食でも・・・ひとり、だまって食べています。
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by odani100s | 2005-11-10 06:14 | かみさんの歌

ふるさと(赤鉄橋)

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    幼くて小鮒を釣りし故里の

     幼もいない小鮒もいない


 【写真】四万十川鉄橋下 35.7   
       小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」より


■「水量の減少」と「水位の低下」

 四万十川で最も厄介な「現象」は「水量の減少」ではなく「水位の低下」であり、真の問題はその「原因」にあると思います。

 川を見ながら暮らす人々は「水量の目処」として、水中の大岩や橋脚基礎のレベルを基準にしています。「ピーアに水がかかりよるけん、今日は沈下橋を渡ったらいかんぜ」と言うように。そして昔より下がった「水位」を見て「水量が減った」と言います。

 国土交通省中村工事事務所のデータでは「平均流量、渇水流量、最小流量については、いずれにおいても40年間を通して若干の増加傾向であった。しかし、水位については過去約70年で減少している」のです。

 その水位の低下量は、中村市の赤鉄橋位置で、ここ40年ほどで、1.7mになります。昭和30年代に赤鉄橋のピーア(橋脚基礎)で遊ぶ子供たちの写真が残っています。驚くほど大勢の幼児や小学生が写っています。今赤鉄橋のピーアは大人も近づいてはいけない危険な場所になりました。かくして、幼子も小魚もいない。(大原@四万十川ウオーカー)
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by odani100s | 2005-11-09 06:26 | ふるさと

かみさんの歌(良妻健忘)

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    よく食べてよく電話してよく眠る
         良妻健忘症候群か

    横になればすぐ眠るという妻の案外
         長生きをするかもしれぬ


【写真】地方廻りのえびすさん・四万十川鉄橋にて36.12  
         小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■長生きをするかも・・・

 最近の奥さんの生活ぶりを見ていると、「かみさんが先に逝くことには、ならないかもしれぬ・・・」とも思っている小谷貞広さんです。
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by odani100s | 2005-11-08 06:27 | かみさんの歌

蜩亭(ゆく河の流れ)

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    二人だけのフィルムに残す思い出も

          カメラに仕舞いおく暗闇


【写真】ゆく河の流れ・小谷貞広写真集(昭和55年5月発行)
           発行:小谷貞広写真集刊行会 印刷:中央印刷株式会社


■小谷貞広・写真集 『ゆく河の流れ』

 この写真集の写真は、私が昭和30年頃から写したフィルム5万枚ぐらいの中から今では見る事の出来ない風景、行事、災害などの作品を抜粋したものです。

 昭和30年頃と云えば敗戦後の日本がどうにか立ち直りを見せ、新しい国造りに向って高度経済成長を迎え、山は壊され田圃は埋めたてられて新しい道が、新しい街が造られていったのです。

 天神山は掘り取られて市役所が建ち、下田の地引はろくろが発動機に変り、それも間も無く終ってしまい、青い流れの四万十川は夏の子供達の最良の遊び場でしたが、それもやがて汚され、今では子供達の姿も、ほとんど見る事が出来なくなりました。こうした古里の過ぎゆきの様をふりかえってみると胸の痛くなる様な気がします。

 古里「中村市」、「四万十川」の長い歴史の一時期、一ページとして御覧いただければ幸と思います。

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[あの時・・・]

昭和30年頃

 昭和30年代初頭、川にはめだかやふなが泳ぎ、夏には蛍がいっぱい飛びました。竹のほうきで蛍を採り、蛍かごに入れました。手に蛍特有の匂いがいっぱいしました。

 少年の小遣いは、月に10円がいいところでした。遠足のときの小遣いには最大20円との学校の決まりがありました。メンコやラムネ玉が遊び道具の中心でした。
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by odani100s | 2005-11-07 06:34 | 蜩亭

かみさんの歌(ひとり)

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   妻が先に逝けば困ると思いつつも
        自分が先に逝くのも困る

    妻逝きし後のひとりのさぶしさを
         焼酎飲んで考えている


【写真】四万十川鉄橋下 35.7  
       小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■妻が先に逝けば・・・

 小谷さんは、勝手に、奥さんが先に逝く、と考えているようですが・・・
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by odani100s | 2005-11-06 07:10 | かみさんの歌

蜩亭(青き流れ)

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   見せるもの何もなければ四万十の

        青き流れの川見てもらう


■第1歌集『青き流れ』

 人間は一人一人性情も容貌も、なにからなにまで違っている筈である。にもかかわらず同型、類型の人たちがふえて来ている。歌もまた然りといえよう。

 小谷貞広という人は、いつの間にか、いかにもこの人らしさというものを、身につけて来ているように思われる。

 歌は比較的に階調である。それだけ読み易く、人の心を刺すようなものはない。沈思黙考型ではなく、どちらかといえば行動派、実行派、といってよいであろうか。

 歌集には、時々人をすこし、くすぐるような歌も交えてある。それは文学臭といったものではなく、もっと生活的なもので、日常生活の中で捉える小谷的特色と言ってよいのかもしれない。
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by odani100s | 2005-11-05 07:08 | 蜩亭

ふるさと(赤鉄橋)

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    幼くて小鮒を釣りし故里の

      幼もいない小鮒もいない


 【写真】四万十川鉄橋下 35.7   
        小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


◆「水量の減少」と「水位の低下」

 四万十川で最も厄介な「現象」は「水量の減少」ではなく「水位の低下」であり、真の問題はその「原因」にあると思います。

 川を見ながら暮らす人々は「水量の目処」として、水中の大岩や橋脚基礎のレベルを基準にしています。「ピーアに水がかかりよるけん、今日は沈下橋を渡ったらいかんぜ」と言うように。そして昔より下がった「水位」を見て「水量が減った」と言います。

 国土交通省中村工事事務所のデータでは「平均流量、渇水流量、最小流量については、いずれにおいても40年間を通して若干の増加傾向であった。しかし、水位については過去約70年で減少している」のです。

 その水位の低下量は、中村市の赤鉄橋位置で、ここ40年ほどで、1.7mになります。昭和30年代に赤鉄橋のピーア(橋脚基礎)で遊ぶ子供たちの写真が残っています。驚くほど大勢の幼児や小学生が写っています。今赤鉄橋のピーアは大人も近づいてはいけない危険な場所になりました。かくして、幼子も小魚もいない。(大原@四万十川ウオーカー)
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by odani100s | 2005-11-04 05:32 | ふるさと

蜩亭(薮柑子)

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    裏山の泉のほとり薮柑子の

     密と灯のごとき円実(つぶらみ)


■第4歌集『薮柑子』

 歳をとると、所謂老人の居場所は、山小屋の縁側にでもごろりと横になって、裏山で鳴く蜩の声でも聞きながら、庭に咲く花でも見ておればと思っていたのだが、これはどうやら私の見こみ違いであったような気がする。

 老えば老いたで楽しいことよりもむしろ煩わしいことの方が多く、身のおきどころ、即ち自分の居場所に神経が疲れてくる。併しそれでも人は、命のあるかぎり生きてゆかねばならぬ。その生きることがまた大変だ。

 木漏日のさす泉のほとりに、ひっそりと小さな真赤な実をつけている薮柑子、それは私自身の姿かもしれない。
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by odani100s | 2005-11-03 06:16 | 蜩亭