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カテゴリ:四万十川新聞( 8 )

小谷のおんちゃん逝く・・・(四万十川新聞)

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    老いぬれば老いてしりたる寂しさの 

         庭の桜の散りゆく朝(あした)


【写真】庭の桜(蜩亭:2008.4.11・四万十川新聞社提供)

 暖かい南風が吹いて桜花は散り、葉桜となっていましたが、蜩亭の門前の桜は、春を忘れていませんでした。庵主小谷貞広氏が、この2月に、ご逝去したことを知ってか、知らずしてか・・・(山藤花)

◆小谷貞広氏の【四万・十人一首

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■小谷のおんちゃん逝く・・・

 「小谷のおんちゃん」と太郎は気安く呼ぶが…本当は凄い人である!

 青年時代は「教師」…結婚して「事業家」に転身…趣味は「写真・俳句・短歌」で、特に「短歌」では…「宮中の歌会始」にまで選ばれた偉人である!

 その「おんちゃん」が逝った!
 本人のご希望で「密葬」だったので…知らなかった人は多い!

◆おんちゃんの生前の歌・・・

 生まれくるのもひとりなり死ぬときもひとりなりけりひとりはさぶし

 葬式のどこまでつづく自転車を止めて過ぎゆくまでを見送る

「四万十川はのんびりのんびり♪」

 戸を開けておけば蜻蛉も蝶々も部屋ひと廻りして出てゆきぬ
 寝ころびて今年も音を聞くだけの四万十川のこの大花火
 隣家(となりや)の緋鯉真鯉が風に吹かれわが家の上で泳いでおりぬ

◆写真・・・
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 【写真】おんちゃんが若い頃撮った写真である!

               (四万十太郎/「四万十川新聞」より)

◆四万十太郎氏の【四万十川百人一首
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by odani100s | 2008-06-23 04:09 | 四万十川新聞

四万十川新聞(「小谷貞広」…のなぜ?!)その7

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    何かと言えば必ず言葉返してくる

        五十余年を一つ家にいて


【写真】イグサを乾して<四万十川鉄橋下> 33.7
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より

(時代考証:「疲れたな、もう・・・」と寝転んで会話をしているのは「太郎&花子」ではない。『三丁目の夕日』時代の昭和33年は、太郎は中学生、花子は幼稚園児である・・・。)


■夫婦の会話(古典版)

 太郎「船が遭難してあと一人しか助からない!」
 花子「それで・・・。」
 太郎「オレが死んでおまえを助ける!」
 花子「私は神に祈るワ・・・」
 太郎「何を祈るの?」
 花子「あなたの願いが叶うように、と。」

 男はあまり女を信じてはいけない。それでも、太郎の美しい女房は「花子」である。男は悲しい動物である・・・。(「四万十川新聞」より)

(こんな「花子と太郎の会話」は、四万十川新聞【日曜版】に満載されています。)
 
かみさんの歌
 
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by odani100s | 2006-06-08 07:33 | 四万十川新聞

四万十川新聞(「小谷貞広」…のなぜ?!)その6

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  若い頃原節子に似ていると

   言われたと言う妻のその顔


【写真】中村高校運動会 32.10
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より

(時代考証:うしろの太陽族を気取っている愚連隊は「太郎&花子」ではない。この時<昭和32年>太郎は中学生、花子は幼稚園児である。)


■美人妻

 女房、花子といいますが、美人じゃ・・と思います。うちの女房は吉永小百合より美しいと言われております。

 女房が美人であるという意味は、ホントは美人の必要はないんですけれども・・・、要するに、家庭が円満で、家庭がしっかりして、夫を自由に送り出してくれる、あたたかい家庭がある、ということじゃないかと思います。

(四万十太郎:「雫石川流域環境を考えるセミナーでの自己紹介」より)

花子(四万十川新聞【日曜版】より)

かみさんの歌(菅井きん)

セピア色した写真
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by odani100s | 2006-05-04 05:58 | 四万十川新聞

四万十川新聞(「小谷貞広」…のなぜ?!)その5

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    孫娘がTMSに合格したりわが家に

           蛍火ほどの明るさ


【写真】ミス中村発表会 35.6
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より

(時代考証:ミス中村は「花子」ではない。花束を渡しているのが少女「花子」である。)


■宝塚音楽学校

 小谷のおんちゃんの孫娘が、TMS(宝塚音楽学校)に合格した。

 この孫娘の歌は、第5歌集「薮柑子」の<木霊(こだま)>の冒頭歌である。この歌につづけて、表題の木霊の歌が掲載されている。

 * 向かいの山に君の木霊を聞きたくて声とどくまで名を呼んでみる
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by odani100s | 2006-04-20 06:07 | 四万十川新聞

四万十川新聞(「小谷貞広」…のなぜ?!)その4

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    すきな道まっすぐ行けと妹へ

     ノート破りて書きしがありぬ


【写真】お正月の日の子供達(西下町) 32.1.1
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より

(時代考証:手を繋いだ「花子」達の向こうで、一人遊んでいるのが少年「太郎」である。)


■兄と妹

 亡くなった医大生の彼には、かわいい妹が居た!

 先立った翌年の春に、その妹は「宝塚音楽学校」へ合格した!四国でただ一人の合格だった!妹は、すきな道をまっすぐに歩んでいる。
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by odani100s | 2006-04-13 06:24 | 四万十川新聞

四万十川新聞(「小谷貞広」…のなぜ?!)その3

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    臥す孫がだまりて片手差し出すを

        しかと握りぬ別れなりけり


【写真】墓前 35.1.24
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より

■別れなりけり・・・

 大きな体格、ぶっきらぼうで遠慮の無い会話…豪快なおんちゃんであるが、一度だけ、このおんちゃんが小さく見えたことがあった!それは孫を失った時のことである。

 20歳になったその孫は医大生だった…が病に勝てずに先立った!

 その時の「おんちゃんの短歌」である!

* 夜通して帰りし孫の亡き骸にわれはわが顔両掌におおう
* 担がれて柩は門を出てゆくに別れは言えず佇ちて見送る
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by odani100s | 2006-04-06 07:42 | 四万十川新聞

四万十川新聞(「小谷貞広」…のなぜ?!)その2

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    霧深し児らの姿をたしかめて

      朝の渡しのともづなを解く


【写真】晩秋・学童の渡し(写真:岡村龍昇氏・筆:小谷貞広氏)
 写団「四万十川」創立30周年記念写真集「自賛他賛」2006より


■学童の渡し

 俳句、写真等も楽しむが…とりわけ「短歌」が好きな様である!
 皇室の「歌会始」にも選ばれた事もあるほどの「達人」である!

「学童の渡し」の「渡し」とは・・・、
 対岸の小学校へ通う、通学用の「スクール渡し舟」のことである!
 今は「廃校」「廃船」となっているが、廃止寸前は「観光名物」でもあった!
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by odani100s | 2006-03-30 06:28 | 四万十川新聞

四万十川新聞(「小谷貞広」…のなぜ?!)その1

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    一年生と両手をつなぎて少女のような

             先生がくる分校の朝


【写真】分校の一年生 32.1.10
     小谷貞広写真集「ゆく河の流れ」1980より


■四万十川の文化人

 「小谷 貞広」・・・姓が二つ並んだようだが、これが「小谷のおんちゃん」のフルネームである!

 年齢は80をとっくに越し、今は「隠居生活」を楽しんでいるが、若い頃は四万十川上流域の分校の「教員」。のちに転進して「事業家」でもあった!また今「文化人」でもある!
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by odani100s | 2006-03-23 07:06 | 四万十川新聞